かつて城下町として繁華した旧き佳き街並みの一角にある[國暉酒造]。松江藩・松平家より譲り受けた土蔵を使い、酒の味や香り、酒質を決定づける自家酵母が住みつく百年の大梁の下で日本古来の酒造りを守ってきました。
奥出雲の山間部は昼夜の寒暖差が激しく、日本酒の味を大きく左右する要因である酒米にとっても良質な土壌で、日本酒の旨みを引き出した時に雑味を感じない米が育ちます。また仕込み水もミネラルのバランスが絶妙な枕木山麓の湧水と、酒造りの環境として好条件が揃っています。
  しかし、好条件であるがゆえの難しさも。酒米の王様である山田錦だけではなく、昭和35年に島根県農業試験場が育成した品種・改良雄町を始め、島根県では優良品種が次々と誕生しており、「それらを取り入れる時にはずっと守ってきた蔵環境や仕込み水とマッチするかどうか、バランスをとるのが難しくもあり、やりがいでもあるんです」と出雲杜氏の岩橋弘樹さん。米の特性を把握したうえで、吟醸香があり、きめの細かい味を実現するのは一朝一夕では成し得ないこと。それでも土地ならではのテロワールを重んじる蔵の想いが、新しい日本酒の味わいと引き合わせてくれるのです。
[國暉酒造]の日本酒は、ただシャープでキレのある通例の淡麗型ではなく、味の膨らみや奥深さのある食中酒を目指しています。「日本酒は生の魚貝を中心に摂ってきた日本人の食生活と共に発展してきた酒」。それゆえ、他の酒類と違い、海産物の生臭みを包み込み、その旨みを引き出すことができる食中酒になりえるのが魅力だと考えるからです。近郊に海や山を有する松江もまた、豊かな食文化を育んできたからこそ、包容力のある食中酒は人々に親しまれてきました。
  しかし、それには理想の味にたどり着くまでの図面を敷き、その年の気候などの要因を踏まえながら蓄積したノウハウを元に作っていかなければなりません。「日本酒の味は設計するものだからね」と、純米吟醸酒にしても酒自体はわざと辛口に造り、ほとんど無濾過の状態で詰めることで香りや味わいを出すといった緻密な計算の上に味を構築しています。年に1度しか醸造できない日本酒は失敗できないゆえ、相当のリスクを背負うことになりかねない。それでも消費者に信頼される変わらない味を届けようと、杜氏の設計力を信じて、造りにかける手間を惜しまず生産しているのです。
昭和37年に全国で2例目となる、貯蔵タンクを個々に温度管理する黎明式冷房を取り入れるなど品質向上に力を入れた先進的な取り組みを行ってきました。しかし、肝となる仕込みにおいては微生物や天候といったデータ化できない相手を対峙することになります。現在も5人という少人数で蔵の全工程を回していますが、「蔵環境に適したやり方がウチの個性」と明治7年の創業以来変わらず手造りにこだわり続けています。
  しかし、伝統を守るだけではなく、自分たちの手で仕込むことによりノウハウを蓄積し、技術革新にも繋げています。「精米した後にしっかり枯らしの期間を設けないと、摩擦熱を帯びた米は浸漬するとグンと水を吸ってしまい軟弱な蒸し米になる」といったデリケートな作業には1%刻みで水分量をチェックする吸水表を作ってマネジメントする。麹づくりでも、温度計を麹米の一箇所に挿していても面(箱麹全体)の温度までは把握できないので、1℃の差異まで感じることができる人間の手の平で判断する。そういった機械化出来ない部分を職人たちの英知でカバーしているからこそ、毎年、安定した味を供給できると共に、ロスを出さずに生産効率を高く保てているのです。
手造り一貫で行われている限定生産のため、県外への流通は少なく、純米酒の会などで縁のあった酒販店との取引が中心です。しかし、日本酒は魚だけでなく肉やチーズといった幅広い食材とも相性が良く、今や割烹や小料理屋以外の業態にも多大なニーズがあります。その間口の広さを活かした提案として、大衆メニューである焼鳥とも蜜月であることをまずは知ってもらえたらと、6月末に大阪・石橋に1号店を出した[炭火焼鳥専門店 陽の鶏]では枡付き半合で安価に提供。夏は清涼感のあるもの、秋からは燗酒に適したものとシーンや温度によって変わる日本酒の味の懐深さを提案していきます。
  それに加え、毎年蔵として新しい味にチャレンジすることを続けており、古事記や日本書紀の舞台となった出雲神話に登場する日本酒・八塩折の酒も再現しました。「一度熟成した醪を濾過した日本酒でまた日本酒を仕込むという高度な技術を要するもので、熟したメロンのような香りに、それでいて味わいにキレがあります」。郷土性が改めて見直されている昨今では、こういった歴史背景やストーリーのある日本酒造りをする蔵と連携することで、今までの焼鳥屋にはない展開や奥行きを創造することができるのです。