中国地方最大の河川である江の川が日本海へ注ぐ島根県の西部。古くから石州瓦の生産地として名を馳せる江津市に、[都錦酒造]はあります。酒蔵から200mも行けば、もうそこは日本海というロケーション。「太古の昔は蔵のあるここら一帯も海底だったので、地面を掘れば貝殻の層に当たるんです。そこを高角山から流れる天然伏流水が通ることから、ミネラルを豊富に含んだ仕込み水が得られるんです」と、事業部本部長の森脇貞博さん。その品質は、あの灘の宮水に匹敵すると言われています。
また、酒造りのもう1つの根幹をなす酒米に関しても、全国米食味分析鑑定コンクールで金賞を受賞した仁多米を始め、原料に使う五百万石や佐香米などはほぼ島根県産。昼夜の寒暖差が激しい中国山地で育つ米は、デンプンを豊富に含有。それにより麹菌が蒸した米の心白(中心部)に入りやすくなるので良質な麹を作ることが出来るのです。その他、合鴨農法を取り入れた無農薬・無化学肥料栽培の米を作る農家と契約するなど、恵まれた土壌に感謝すると同時に、ものづくりへの情熱に共感してもらえる地元の方との二人三脚で酒造りをしていく形態がとれています。
県が独自に開発した酒米である佐香錦や神の舞などを使用した純米吟醸酒や、島根県美都町の篤農家が有機栽培(JAS認証)で育てた五百万石の自然酒と、県の取り組みや地域との繋がりによって生まれる銘柄も少なくない。そういった新品種で酒を醸す場合には、より卓越した技術を持つ出雲杜氏の存在が不可欠となります。
[都錦酒造]の杜氏である岩成重徳さんは昨年、厚生労働省から『現代の名工』の勲章を授与されたこの道50数年のベテラン。しかも、自身も米作りをしており、精米から行う蔵の独特なスタンスを活かし、精米する前段階から米の具合を把握して日本酒を造っていきます。得意とするのは、フルーティーかつ味に膨らみのある大吟醸酒。特に、岩成さんが精米から瓶詰めまでをすべて1人で担う『しずく酒 徳』は、山田錦を35%まで磨いた酒米で造り、袋吊りで自然に垂れ落ちる滴を斗瓶に溜め、その上澄みだけを瓶詰めした手塩にかけた酒。まるで白ワインのような味わいです。
「毎年同じものを造るのが良い仕事。味を完成させるためには、斗瓶と斗瓶を混ぜ合わせることもあります」と、毎年楽しみに待っている顔馴染みの方たちのためにも妥協せず、心血を注いでいるのです。
手間のかかる精米工程は業者に委託するのが一般的だが、酒造りにおいて、出来る限りすべての作業に取り組むことで安定した品質を維持したいという蔵の方針から、前述したように精米も自らで行っています。その分、手間は増えるものの、コスト削減という点においては一役買っていると言えます。
醸造過程で精製される酒粕の販売はもちろん、酒粕をもみ殻と一緒に蒸留する粕取り焼酎も造っており、主に地元の名産であるあご野焼き(日本海で獲れるトビウオのすり身を焼き上げたもの)の味付けに使われています。
また、「食材の風味を引き立たせる料理酒も造っていて、発酵過程で精製する天然アミノ酸が通常の清酒の約3.5倍も含んでいます」と日本酒の確かな醸造技術を応用した商品も。他には、焼酎にバラの花弁を浸けて成分を抽出したバラ酒『ロージア』や、焼酎と島根県美都町産のゆずの果汁を主原料とする低アルコール酒『リキューノ』など日本酒に親しみのないマーケットを意識した多角的な視点で展開。つまり、これらの商品に注目が集まることで、よりマスに酒蔵の名を知ってもらうことができ、日本酒への関心を高めるPR効果が期待できるのです。
[都錦酒造]の日本酒は、決して県外での認知度が高いとは言えません。しかし、現在は県外への流通も視野に入れたブランディングに取り組んでいます。具体的には、数年のうちに副原料を使わない酒造りを目指しているのです。「常々、米以外が日本酒に含まれることに疑問を持っていたのですが、米100%の純米酒だと喉越しが重たい。どうすれば良いかと考えたときに醪やそれを搾った生酒に米焼酎を入れて味をしゃんとさせる柱焼酎という古代醸造法を思いつき、2年前から導入しています」と、その志は確か。日本酒離れしていると言われる20~40代に本当の日本酒の美味しさを知ってもらいたいという想いがそうさせているのです。
それは焼鳥と日本酒のマリアージュを試みる[炭火焼鳥専門店 陽の鶏]の提案と通ずるものがあります。食文化が変わってきた中で、そこに溶け込むような食中酒を追求していくこと。キンキンに冷やしても旨みが飛ばない『しずく酒 徳』はその最たるもの。朝挽き鶏の背肝や脂の乗ったハラミとも相性抜群で、より香りが立つワイングラスで飲む提案も出来るほど。こうしたパートナーシップの構築こそ、日本酒を見直す場を創りだすことに繋がっていくのです。